さて、前回のロメオおじさんの子羊を食べる日が来た。本当なら子羊を食べるのは復活祭の日曜日と決まっているのだが、うちは親戚が大渋滞になるのを避けて金曜日に集まったので、少し早めて食べることになった。普通復活祭前の金曜日というのはキリストの復活前の金曜日ということで、一番質素な食事をしなければならない。子羊なんてとんでもないのだが、うちの親戚は皆敬虔なクリスチャンではないのでまあいいか、ということになった。絞めてから2、3日おいた子羊の方が味が引き締まっておいしいとロメオおじさんに言われていたので、ばっちりだ。
この辺りでは子羊は生後5ヶ月くらいで食べごろという。その方が味が濃くなると言い、フランスのようにもっと小さい子羊は食べない。それにイタリアの子羊料理は、皆かなり火を通して中までしっかり焼く。スコッタディートと言う名前を聞いたことがある人もいるかもしれないが、この料理は「アツアツで指をヤケドするくらいに焼いた」という意味がある。これもまたローストビーフのように中を半分生状態に焼くフランス料理とは全然違う。
どちらがおいしいかと言うとこれはもう好みでしかなく、中部から南イタリア、ギリシャにかけてはよく焼く方法が主流のようだ。たぶん気温と関係があるのではないかと思う。2人の友人のフランス人のおばちゃんは、どちらも正反対のことを言う。一人は「どうしてあんなにカラカラになるまで焼くのかしらねえ。薄いピンク色が残った方が羊の味がしておいしいのに・・・」。もう一人は「私はフランス風の子羊料理は大ッ嫌いなの。生焼けで気持ちが悪いし匂いが気になって食べられないわ」だそうだ。しかし今回は生後70日の小さな子羊だったので、一緒に1頭の半分を買った、生焼けが好きなフランス人のおばちゃんがとても喜んだ。
私は羊と名のつくものは肉でもチーズでも食べられないので、残念ながらなんとも言えない。羊嫌いは中学の時林間学校で、ものすごい臭いジンギスカンを食べてから始まったのだ。それ以来、どんなにおいしい匂いのしない子羊と言われても、あの時の匂いがよみがえって食べられない。食べられないのに料理をするのはかなり大変だ。近所の主婦に聞いたやり方を真似するのが精一杯である。
子羊のモモ一本を炭火焼きにするのだが、必需品は生のローズマリーだ。これを茶碗に大盛り一杯分くらいみじん切りにする。一緒に塩、ニンニク2カケも入れてみじん切りにし、茶碗一杯分くらいの豚のラードを練り込む。よく混ざったら、モモに4、5カ所切り身を入れ、このローズマリー入りラードを中まで入れる。こうすると香草とラードの旨味が肉全体にまわってさらにおいしくなるそうだ。
これを炭火で2時間程回しながらゆっくり焼く。最初臭いと思っていた羊の肉も、4年目にもなるとローズマリーの香りと混じる匂いがだんだんいい匂いのような気がしてきた。焼いていると甘いミルクの香りがしてくるのだ。この分だと来年には味見だけならしてみようかなとふと考える。
出来上がりを食べた親戚達の喜んだことと言ったらない。本当に、肉屋で売っている子羊とは天と地ほどの差があるという(ちなみに、この時期はローマで子羊1キロあたり約18ユーロ。うちで買ったのは1キロ6ユーロ、モモ一本2キロだから、いかに安いかもわかる)。骨からほろりと肉が落ちるほど柔らかくて、臭みもまったくないそうだ。あっと言う間にモモ一本を平らげてしまった。無事にお祝いの食事が終わり、皆喜んでくれてよかった。
今日子
2005年03月
ロメオおじさん
今週の日曜日はパスクワ(復活祭)だ。学校も日本で言う春休みになる。夏休みが長い分冬と春の休みが1週間ずつだが、はやくも高速道路は大渋滞になっている。
パスクワで親戚が泊まりにくるので、献立を考えなければならない。パスクワの食事は普通子羊の肉を食べることになっているので、近所の農家に予約しておいた子羊を買いに行った。またしても解体だ。つい最近一年に一度買う子牛の肉を45キロ買ったばかりなので、さすがに解体には消極的だ。豚肉のようにベーコンや生ハムなど面白い部分もないし。
行くと既に皮をはがされた子羊がぶら下がっている。一番最初に見た時はギエー!となり、逃げ出そうかと思うくらいショックで、吐きそうになった。これも慣れというものなのか、今回はあのようなショックはなかった。この子羊を売ってくれるおじさんは、ロメオさんといい、83歳の高齢だが、見た目は20歳は若く見える。60年以上の畑仕事と動物の世話でかなり鍛えられているのだろう。いい顔をしているな、といつも思う。
このロメオおじさんの包丁さばきがすばらしい。最初見た時はショックも忘れて見とれてしまった。何十年も使っている、博物館にありそうな包丁と金づちで、無駄な動き一つなく解体していく。とり肉でも他の動物でも切ってみるとわかるが、切れやすい軟骨や間接の部分に包丁を入れるようにしないと、切れなくて苦労する。無駄に包丁を入れると肉に傷もつくし、えらく大変な思いをする。それをロメオおじさんは一ミリの狂いもなく、スイスイと切っていく。しかし動作はゆっくりで、まるで本当にこの肉に感謝の気持ちがこもっているという切り方だ。
「わしは肉はほぼ毎日食べるけど、でも一度にそんなにたくさん食べるわけじゃあないから」とぽつりと言う。「一切れか二切れ、随分小さいよ」と。昨今のイタリアでは肉よりもっと魚をたくさん食べろとさかんに新聞などで書き立てているが、ロメオおじさんは魚なんて高価なもの、ほとんど口にしたことがない。それでもこれだけ健康なのは、飼料を一切やらないで自然に育てた自分の家畜を適量質素に食べ、いつも体を動かす仕事をしてきたからなのだろう。癌の世界的権威のイタリア人の医者は、「癌になる原因の30%は食べ物からきている」と言う。環境汚染よりもなによりも”人間の体を直接作る”食べ物からだと。自分の食べているものがどんな食品で、何からでき、どうやって作られたかに気をつけることを、自然に実行している人なのだなあと思う。
明日はこの子羊を使って料理をするので、どんなものかお楽しみに。
今日子
オレンジを使ったトルタ
今日は夕飯にペッペさん家族を招待した。ペッペさんはうちの近くに大きな別荘を持ち、週末ローマからやってくるのだ。イタリアで多くのワイン年鑑をだしているソムリエ”ルカ・マローニ”とワインの仕事をしている、食べるの大好き家族である。娘夫婦も一緒で、5歳と2歳の子供がうちの息子と退屈しないで遊ぶので、子供がいる家族との夕食は本当に助かる。
さて、何を作ろうかと冷蔵庫を開けると、中は卵だらけだ。パスクワ(復活祭)も近いこの頃、ニワトリが大量に卵を産むので農家の人は毎日のように「卵いる?」と現れる。生みたての地鶏の卵ではことわるのももったいないし、ついありがとうと受け取っていると、いつの間にか40個にもなっている。
先日シチリアから届いたオレンジもあるので、これを使ってトルタを焼こうと決めた。いつもはタルト生地にオレンジだけというシンプルなのが好きだけど、今日はお客さんなので中に卵たっぷりのカスタードクリームを加えることにする。
オレンジは薄く輪切りにして砂糖をたくさん加え、20分くらい煮る。煮ると苦みがでるので砂糖は味をみて多めに入れる。
タルト生地はラードをたっぷり使い、小麦粉と砂糖、卵、牛乳を手でボロボロになるまでなじませて丸くまとめる。今日はオレンジを使うので、生地にレモンとオレンジの皮をすり降ろして入れて柑橘系の香りをうまくだす。30分くらい休ませたらめん棒で伸ばしてタルト型に入れ、180度のオーブンで焼き色がつくまで焼く。
カスタードクリームは卵黄と砂糖をもったりするまで泡立て器で混ぜ、沸騰直前の牛乳を入れてこし器でこす。それを鍋で焦げないように混ぜながら固まるまで弱火にかける。できたらバットに移して冷ます。オレンジとの組み合せでは、カスタードクリームの卵の匂がやや気になるのでここにレモン汁半個、しっかり泡立てた生クリームを茶碗一杯くらい合わせておく。
生地が焼けて冷めたらカスタードクリームを中にしき、煮ておいたオレンジを敷き詰めていく。見た目もとてもきれいで、クリームと酸味のあるオレンジがピッタリのトルタができた。
前菜に自家製の生ハムとオイル漬けサルシッチャ、オリーブのペースト、パスタはオーブンでカリフラワーとベシャメル、モッツァレッラチーズとパルミジャーノを入れたグラタン、牛ひき肉を小さいミートボールにして揚げた、つまめるセコンドで決めてみた。
ペッペさん家族は仕事柄ワインをよく飲むため、つまみ系が好きだという私の予感はあたり、手作りの前菜をとても喜んでくれた。
最後のトルタもとてもおいしくて楽しい夕食になってホッと一息だった。
今日子
春ですね
極寒だと思っていたら、突然春になった。陽があたっていると暑すぎるくらいだ。近頃畑の野菜も凍ってしまっていたけれど、どうなったかなと外に出てみる。見るとブロッコレッティがたくさん新しい芽をだしている。おお!と喜びもひとしおだ。ブロッコレッティは日本では菜の花として売られている。この芽というのは、柔らかい葉がでた後ブロッコリーの小さいものができ、それが黄色い花になる。この小さいブロッコリーが柔らかくてとてもおいしい。柔らかい葉も一緒に、ニンニクとオリーブオイルで炒めて食べる。最初強火で、次に蓋をして弱火で30分近く火を通すと、柔らかくてまるで野菜のクリームみたいだ。味付けは塩だけ、野菜の味が薄い時はアンチョビを2、3本入れる。これにオレッキエッティという耳のようなパスタを茹でで和えると感激する程おいしいパスタのできあがりだ。畑の野菜が少なくて心細いときに、このブロッコレッティがでてくると、いよいよ春の始まりで元気がでる。
今年はトマトも種から育てようと、2週間以上前にめずらしい種類のトマトの種を植えてみた。なかなか芽がでないと心配になってきていたが、今日やっと芽がでたのでバンバンザイだ。
ところで今日はこれから阿佐ヶ谷のお店に新しくパスタを入れるため、税関検査用のパスタを送った。税関検査は面倒なもので、商品を入れる前に必ず2週間以上かけてこの食品に何か問題はないか確かめる検査を行う。税関を出る前に商品を止めなければ検査ができないので、宅急便で貨物番号をつけて送らなければならない。というわけで、スパゲッティを一袋折れないように発泡スチロールの箱に入れて送ることにした。この小包が、なんと日本まで150ユーロもして仰天だった。150ユーロというと、最近1ユーロ139円くらいなので、2万円も払ったことになる(!!!)。
宅急便のお兄さんが「これ何ですか?」ときくので、「パスタ一袋です」と答えると、「パスタ?一体なんのパスタですか?まさか首相にでも送るわけでもないでしょうに」と不可解な顔をした。一袋150ユーロのパスタなんて本当に聞いたこともない。皆さん、輸入ってお金かかるんです。新しいパスタは5月くらいに入るので楽しみにしていて下さい。おいしいですよ。
今日子
村の中学校
隣近所のカポッチ家の男の子に、中学で日本について勉強しているので、ぜひ授業に来てほしいと頼まれた。村の中学校は本当に小さな学校で、13歳の彼の学年は1クラスしかなく、12人だけだ。私が日本で中学校に通っていた時は、1クラス40人で9クラスあったから、えらい違いだ。
私は人前でしゃべるのは苦手だし、しかもイタリア語、それもかなり方言が強いので、夫・シルヴィオが一緒ならいいよとOKした。やはり村の人と仲良くしようと普段から心がけているから、ここはひとつ、がんばらねばと思ったのだ。この村に住んで5年経つが、方言の強いお年寄りが話すときなど、未だにさっぱりわからない。シルヴィオが仕事柄まったくアクセントのない話し方をするので、それに慣れている私には方言は悩みの種だ。イタリアでは特に統一国家になったのが最近で、田舎だからというだけでなく、州に寄ってまったく違う方言を話す。
さて、約束の12時半に教室に着くと、みんなニコニコ顔で迎えてくれた。実際に12人の生徒を見てみると、どの生徒も村のどこかで見たことがある。この小さな村では、始めアジア人の私をかなり珍しがったものだ。今でこそ慣れてくれたが、最初の一年くらいは皆私を見かけると凝視して固まっていた。アジア人など見たことがない人ばかりだったのだろう。
教科書を見ると日本の地図、東京の高層ビルの写真などがあった。皆それぞれ質問を考えて来たらしく、一番疑問に思っているのが、日本の経済成長についてだった。イタリア人が働かない、仕事がスムーズに進まないというのは日本でも知られているが、一番の日本人の仕事の仕方と違うのは、個々の責任感ではないかと思うと答える。すると横で先生が「いいですか、責任感ですよ!責任感!」と大きな声で厳しく言う。あとは食べ物の話になり、すしとは何かと聞かれる。にぎり寿司は普通レストラン(寿司屋)で食べるもので、家庭では握らないと答えると皆驚く。イタリアではレストランでプロの職人だけが作れる、修行しなければ上手く作れない料理など存在しないからだ。
そして"日本がアメリカに影響され、超モダンな暮らしをしている"、と教科書に書いてあるのを見て、「でも日本ではまだハシでご飯を食べるのか」と先生に聞かれた。一瞬目が点になり、どういう意味かと考える。ハシは別に原始的な食べ方ではないのだけれど・・・、あまりに突拍子もない質問にただ「はい、ハシで食べます」としか答えられなかった。こういう質問にはいったいどう答えたらいいのか、あとから悶々と考えてみたけれど、いい答えはでない。
30分という短い時間だったけれど、シルヴィオがしゃべり続けて(さすがプロ)皆満足してくれたみたいだった。やれやれ。
今日子